

ディランの詩から新たなパワーを引き出したコリリアーノの音楽
コリリアーノ:ミスター・タンブリンマン
─ボブ・ディランの7つの詩(2003)(日本初演)
John Corigliano
コリリアーノ:ミスター・タンブリンマン−ボブ・ディランの7つの詩
2008年グラミー賞受賞作品
(クラシック現代作品部門、ベスト・クラシカル・ヴォーカル・パフォーマンス部門)
シルヴィア・マクネアーからカーネギー・ホールで歌う大きな連作歌曲を作曲してほしいと依頼された時、彼女が私に提示した希望はただ一つ、アメリカのテクストを使ってほしい、ということだった。
成人後の私の作品で、テクストを扱った詩人は4人だけである。スティーブン・スペンダー、リチャード・ウィルバー、ディラン・トーマス(私のオラトリオ《ディラン・トーマスの詩による3部作》は彼の傑作に基づいている)、そしてウィリアム・M・ホフマンである。ウィリアムとのコラボレーションは数々あるが、オペラ『ヴェルサイユの幽霊』が筆頭にあげられる。今回も彼に新しいテクストを創作してもらうほか、私にはアイデアが浮かばなかった。
ただし、ボブ・ディランというフォーク・シンガー/ソングライターの評判が非常に高いことはいつも聞いていた。だが私は自分のオーケストラの書法を磨くことに懸命で、世界中がディランの歌を聞いていたころ、私は彼の曲をまったく聞いたことがなかった。
そこで彼の詩集を買ってみた。すると多くの詩に、私の知るどの詩にも引けをとることのない、美しく、すぐに心に響く言葉が並んでいるのがわかった。そして驚いたことに、私自身の音楽言語との相性がぴったりだと感じた。すぐに私はボブ・ディランのマネージャーのジェフ・ローゼンにコンタクトを取り、ディランの詩を私の音楽に使用したいという考えを伝えた。
未だかつて、そのような試みがなされたという例はなかったので(それも私にとっては大きな魅力だった)、私はディランの作品のアレンジをしたり、変奏曲を作ったり、原曲を借用するのではないということ、そして自分の連作歌曲を完成させるまではディランの原曲を聞かないと決めていることをマネージャーに説明した。シューマンやブラームスやヴォルフたちが、ゲーテの同一の詩を自分たちの音楽スタイルの中で再解釈したのと同じように、私はディランの詩を私が受け止めるままに扱いたいと思った。ポップスやロックを書くことに挑戦するつもりもない。ポピュラー・アートとの強い結びつきのある詩を取り上げ、それを言うなれば反対方向の、クロスオーバーによるコンサート芸術へと差し向けたいと思ったのだ。ディランは許可をくれて、私は作品に取りかかった。
35分の連作歌曲のために、私は7つの詩を選んだ。空想的で華麗なプロローグ「ミスター・タンブリンマン」に続いて、5つの鋭敏で内省的なモノローグが作品の中心部分を形成する。そしてエピローグの「いつまでも若く」は一種のフォーク・ソング的ベネディクトゥス(祝祷)であり、これが作品を締めくくる。5つの歌は、感情の成熟、市民が成熟していく旅をドラマティックに辿る。無邪気な「物干し」に始まり、広い世界があることに気づき始め(「風に吹かれて」)、「戦争の親玉」では政治に対する怒りを覚え、この世の終わりを予感し(「見張塔からずっと」)、思想の勝利というヴィジョンに到達する(「自由の鐘」)。音楽的には、5つの歌それぞれが伴奏的なモティーフを提示し、それが次の曲の主要モティーフとなる。「物干し」の下行音階は「風に吹かれて」のパッサカリアとして浮かび上がる。「風に吹かれて」の脈打つような音型は、「戦争の親玉」で打ち鳴らされるオスティナートとして引き継がれる。「戦争の親玉」の終わりに爆発的に現れる切迫した和音は、「見張塔からずっと」の騒がしい伴奏へと繋がる。そして「見張塔からずっと」で反復する音型は、「自由の鐘」の鐘の音へと溶けていく。
声楽とピアノによる版を作曲してから数年後、私はこの作品をオーケストレーションした。(ディランのテクストだけに)ソプラノは“オペラティック”に歌ってほしくはない。そのため増幅(amplified)することを明確に記した。アンプを用いることで、ソプラノはオーケストラに重ねて発声しながらも、親密な声音を維持することができる。作品はマーク・アダモに捧げられている。
(ジョン・コリリアーノ/飯田有抄訳)
ジョン・コリリアーノ John Corigliano
1938年ニューヨーク生まれ。現代音楽において、最も豊かで、個性的で、幅広い作風による作品を世に送り続けているアメリカの作曲家。代表作は、打楽器と弦楽のための《奇術師》、ヴァイオリン協奏曲《レッド・ヴァイオリン》、交響曲第3番《サーカス・マキシマス》、交響曲第2番、交響曲第1番、オペラ『ヴェルサイユの幽霊』など。ジュリアード音楽院作曲科で教え、ニューヨーク市立大学レーマン・カレッジで特別教授を務めている。
第855回 定期演奏会Bシリーズ
2018年5月22日(火)19:00開演(18:20開場)
サントリーホール
指揮/下野竜也
ソプラノ/ヒラ・プリットマン *
メンデルスゾーン:交響曲第3番 イ短調 op.56《スコットランド》
コリリアーノ:ミスター・タンブリンマン ─ボブ・ディランの7つの詩(2003)*(日本初演) 【コリリアーノ80歳記念】



